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2006年04月09日 東京の桜は十日ほど前に満開になり、昨日はまだ少し花が残っていた。今日はまだ外に出ていないが、昨晩からの強い風でたぶんもう散ってしまっただろう。
角館に桜が咲くまでもう半月ほだろうか。
さて、近年角館では新しい道路が造られたり、既存の道路の道幅が拡げられたり、或いは立町にポケットパークができたりと町の様子が少しずつ変わってきている。また、これから予定されている工事(PDF)もいくつかあるようである。
武家屋敷の通りの歩道を取り除き、電線を土中化し、昔の風景を復活させる取り組みなどは良かったと思う。しかし町を離れている者にとって、故郷の町の姿が変わっていく様子は少しく気になるところではある。
(東京・北沢川緑道)
私は東京の世田谷区というところに住んでいる。
近くに“北沢川緑道”という緑道があり近所の人たちの散策の道として親しまれている。
緑道には小さな“せせらぎ”があって、その周りが緑で覆われている。たまに自転車で通りがかると、ザリガニ釣りをしている小学生やら、橋の欄干に腰掛けて読書する学生やら、杖をついて散歩するお年寄りやら、実に幅広い世代の人たちの姿をこの緑道に見かける。
緑道の自然は、秋田のような“あるがまま”の自然ではなく、自然の少ない都会の中に意図して造られた自然ではあるが、とてもよく整備されていて角館の町並のあり方を考える際の参考になるのではないかと思っていた。先日桜が満開の時に写真を撮ったので、今日はその写真を中心にこの緑道のことを紹介したい。
北沢川緑道は、世田谷の住宅街の中を東西に5kmほど走っている。元々は玉川上水の支流だったそうだが、それを暗渠(地下に通した水路)化した上に下水を浄化した水でせせらぎを作っている。こうした緑道が世田谷区にはいくつかある。
この写真は、せせらぎに架かった小橋から撮ったもの。桜などの樹木も植えられていて、木漏れ日が心地よさを演出してくれている。この日は天気も良く、桜も満開だったので、散策に訪れた人たちの姿も沢山見られた。
桜の木の下の水辺で遊ぶ子供達。
ここは、すぐ横が公園になっている。公園の脇を流れている部分は池のようになっており子供達が遊べるよう工夫されている。
ザリガニが結構捕れるようで、ここだけではなくあちこちでザリガニ捕りをする子供達を見かけた。ザリガニ以外にも、オタマジャクシや、アメンボなどの水生昆虫、場所によっては鯉や、カルガモまでいる。
このように小さな子供達が水辺に触れられる場所は角館でもそうないのではないだろうか? 二本の川に挟まれているとはいえ、コンクリートで護岸されていて小さな子供を安心して遊ばせておくことはできないだろう。この緑道は人がそれを目的として人工的に作り出したものだから当然といえば当然だが、角館は直ぐそばに豊かな自然がありながらそれに親しむ環境があまりないように思う。
昔は花場山や、近辺の山々の沢にはサワガニがいた。いまはどうだろうか?
自然に触れられる場所もあれば、このような芸術に触れられる場所もある。
長い緑道のその場所その場所で、緑道は実に様々な表情を見せてくれる。単調さがない。遊び心があるというか、歩いていて飽きない。
薄いピンクと、濃いピンクの桜のコントラストが美しい。
この付近のせせらぎは石と、コンクリートで囲まれた間を流れている。ここら辺は、夏になるとお母さんが小さな子供を水遊びさせている姿を見かけるところである。
右手はアパート。
緑道は住宅地を縫うように走っている。特別な場所ではなく生活空間に隣接して自然があるのがいい。
この緑道のある風景が気に入って、この街に住む人もいることだろう。
せせらぎのあちこちに木の小橋が架けられている。
利便性を考えれば全面を覆ってしまった方がいいわけだが、こういったところが粋だと思う。
角館でも北野線が出来る前は、ここと同じように水路の上に小橋が架けられていたのを思い出す。
場所によっては、このようにせせらぎが深い緑に覆われているところもある。
欄干のデザインが洒落ているが、橋のデザインも様々で石造りの欄干の橋もあれば、このような鉄製の欄干の橋もある。
人工的に作られたとは思えない美しい水辺。
清冽なせせらぎ。
かつて、下新町の太田さんの家の前にこういった清らかな水の流れがあった。石組みに囲まれた水の流れが陽にキラキラ輝いて綺麗だったのを覚えている。
烏山川緑道との合流点近く。この辺りはご覧の通り広々としている。
近所の人たちが花見に訪れていた。ここのせせらぎにカルガモがいる。
去年の秋だったか、カルガモが何羽もコガモを引き連れて泳ぐ姿を見かけた。人をあまり畏れないので、数メートルと離れていないところでコガモがちょこまかと泳ぎ回る様子を見ることができた。
金網で石を包んで護岸している。このせせらぎが人工のものであることが分かる。
手前の岸辺が丸太で護岸されている。
コンクリートの向うは小学校。手前の看板には「せせらぎの水は、下水の再生水です。」と書かれている。
車道と交差する付近の地面は、周りよりも高くなっているので石垣が組まれている。手前にはせせらぎに降りる階段が見える。岸辺には季節の花々が植えられおり、手間ひまをかけて手入れされているのがわかる。実際、この緑道を訪れると必ずと言っていい程手入れをしている人の姿を見かける。
さて、この様に近隣住民の憩いの場となっている緑道であるが、その様々な表情を見せてくれる基本的な設計もさることながら、石を組み、植生を蘇らせるために草花を植える、その庭造りのような手間を惜しまない仕事ぶりになにより感心させられる。
確かに全体的に見れば角館の方が自然は豊かである。しかし、角館の人にとってそれはあって当たり前のものであり、それに対して特別な意識はあまりないだろう。一方、都市では自然が少ないが故に大切にしようとする意識が強いように思う。
昨年の花見が終わった後に角館の美しくない景色と題して、削られた山肌や、北野線脇の水路のゴミなどを状況を紹介したが、この緑道のように丹念に手入れされた風景を見ている都市からの観光客の目に角館の風景はどのように映っているのだろうか。
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参考リンク
テラピコットンの、散歩に行こう。第二回 北沢川緑道
ViVa!の、「サスティナブル☆下北沢」
この緑道にせせらぎを復活させる事業は、住民参加会議を平成2年より行い、工事開始まで5年をかけて議論を重ねたそうである。その様子は(社)全日本建設技術協会の機関紙に掲載された「北沢川緑道の再整備における住民参加の取り組み」という資料に書かれているが、残念ながら原本はネットからは参照することができなくなっている。興味のある方は上記表題で検索すればGoogleのキャッシュに残ったものを見ることができるかもしれない。
投稿者 taguchi : 2006年04月09日 09:08
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