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     翡翠販売 勾玉スピリットが私たちの心根となっている
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umebay66
投稿日時: 2014-8-11 15:56
新米
登録日: 2014-7-9
居住地:
投稿: 7
翡翠販売 勾玉スピリットが私たちの心根となっている
弥生時代以降古墳時代に至る勾玉の古代史についての話をつづけている。週に4日間のショップ勤務という理由だけでは時間がかかりすぎている。(この間、「日本翡翠情報センター」HPは更新しないままだ。) 翡翠販売

たいがいのことに疎い自分には、日本の古代史もまた脈絡を把握するのにおおわらわ。六十の手習いよろしく本を読んではメモを作らなくてはならないので時間がかかる。そうやって考古学者のような、または古文献の研究家のような「頭」ができれば目的達成というわけではない。
 
勾玉のような宗教・呪術的テーマは、文化人類学やら比較宗教学などのデータや、古代の神秘思想などを頼りに、そこからさらに当時の人たちを呼びさまして、呪いや祟りが渦巻き、白黒入り乱れる魔術世界へと入っていかなくてはならないので、さらに時間がかかる。

そんなふうなので、日本翡翠の勾玉を巡る古代史の探求は、タミール語を一から学ぶのと同じほど長大な作業になってしまっている。ここらで一度概略を鳥瞰しておいて、「勾玉文化終焉の物語」に進むのが妥当だろうと思う。
 
勾玉というと、とくに古代史に興味がないかぎり、埴輪の首に飾られているように、古代日本のアクセサリーだった、というイメージが一般的ではないかと思う。精神世界的なパワーに興味があるのであれば、勾玉は邪(よこしま)なものを避け、幸運を招くお守りだったという感想が加わるだろう。
 
もう少し詳しく古代史を眺めるなら以下のようになって、勾玉をカギに自分たちのご先祖の宗教・呪術的世界を開くことができる。弥生・古墳時代という今に伝わる日本人の心根が形成されてくる時代に、勾玉はまさにタマ(たましい)の拠り所として愛玩された。  翡翠 指輪

考古学的には勾玉の初期形は日本翡翠大珠(たいしゅ)とともに、おもに縄文中期の遺跡から出土する。定型勾玉とよばれるC字形のものは弥生時代に作られるようになり、古墳時代に全盛期を迎える。弥生時代にはおもに北九州の甕棺墓から出土し、古墳時代になると近畿地方を中心に各地の古墳から出土するので、死者の魂が死後も活力を損なわないよう願って副葬されたと考えることができる。

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